「やきとり」と言いながら、豚を焼く。
北海道・室蘭の夜は、そんな一言で始まる。
戦後の時代、労働者たちが豚モツを炭火で焼いたのが始まりだという。
北海道の空気と一緒に、どこかしら“豪快なローカル文化”の香りがする。
そんな室蘭やきとりを味わおうと、20時半。向かったのは昭和21年創業の老舗「吉田屋」。
いざ、吉田屋へ
暖簾をくぐった瞬間、店を仕切っている30代半ばくらいの女性スタッフが強烈な第一声を放った。
「もう串はないから!」
……いやいや、まだ注文してもいないんですが。
心の中でズッコケたが、あらかじめメモしておいた串を見せると、レバー以外は全部OK。
「なんや、あるやん」と笑ってしまった。
店内は満身創痍
ふと厨房をのぞくと、そこには壮絶な戦場が広がっていた。
魚をさばいて指を切ったという年配の女性が串焼きを担当。
右手首にサポーターを巻きながら左手一本で皿を洗うスタッフ。
そして、首に湿布を貼りながら全体をさばくリーダー格の女性――さっき「もう串はない」と言った彼女だ。
テンポよく注文をさばき、厨房とホールを自在に行き来する姿はまさに現場の指揮官だった。
全員がどこかしら治療中なのに、全員が全力。
まるで「満身創痍選手権 in 室蘭」の決勝戦を見ているようだ。
豚と玉ねぎと、甘辛タレと
室蘭やきとりは、豚肉と玉ねぎを甘辛いタレで焼き、洋がらしを添えて食べるのが王道。
ネギの代わりに玉ねぎを使うのが北海道らしい。各店でタレの味が微妙に違うらしく、食べ比べるのも楽しみのひとつだとか。
一口かじると、香ばしい炭の香りとタレの甘辛さがじゅわっと広がる。
ブタでもトリでも、どうでもよくなった。
そして夜は更けていく
サーモンザンギは売り切れだったが、玉ねぎバターは健在。
ちびちび飲みながら、3人の奮闘を眺める。なんだか、懐かしい町の銭湯の裏側を覗いてしまったような、そんな温かさがある。
21時半、店を後にする。外は静かな夜。炭の香りと、湿布のスースーした匂いが鼻の奥に残っていた。

湿布貼り
炭火を囲む
夜仕事


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