ホーチミン経由でダナンへ向かう便。4時間のトランジット。チェックインを差し引いても3時間は自由だ。定刻着陸の予報が出ている。
「街、出る?」 「出る出る!」
奥さんとの会議は3秒で終わった。
12時35分着陸。入国審査の列がすごい。待ち時間にSIMを交換してネットを確保。
翻訳アプリが使えればなんとかなる。正規のタクシーに乗り込んで、人民委員会庁舎へ。
問題はここからだ
街に入った途端、激渋滞。ラッシュアワーのホーチミン。バイクと車と人が道路を埋め尽くしている。
運転手は62歳のベテランおやじ。翻訳アプリを介してベトナム語と日本語でやりとりする。
「ノートルダム寺院、見る?」
「お願いします」
「フォー食べる?いい店知ってる」
「ありがとう、でも時間が…」
工事中のノートルダム寺院と人民委員会庁舎をまわって写真を撮る。
親切なおじさんだなあ、と思った。スマホの画面越しに笑い合ったりして。
で、である。
「フライトが迫ってます」と翻訳アプリに打ち込んで見せた瞬間、おやじの目つきが変わった。
ホーチミンの野添義弘さん、覚醒す
ここからが本番だった。
1車線道路を逆走して追い越し。突然のUターン。
車とバイクと人の間、20センチの隙間を時速60キロで抜けていく。
ハンドルを切る。アクセルを踏む。ブレーキを踏む。また踏む。すべての動作に一切の迷いがない。
ハリウッド映画か。いや、違う。これはベトナムだ。
奥さんと顔を見合わせる。
笑うしかない。
叫ぶしかない。
シートベルトを握りしめるしかない。
野添義弘さん似のおやじは無表情でハンドルを操り続ける。
バイクの群れが左右に分かれる。
車がよける。
人が飛びのく。
まるでモーゼの十戒だ。紅海が割れるみたいに道が開く。
17時10分、空港到着。400,000ドン(約2,800円)。安い。安すぎる。この体験でこの値段は安すぎる。
野添義弘さん似のおやじとツーショット撮影。握手。最高だった、と伝える。翻訳アプリ越しに笑顔が返ってくる。
空港のレストランでハイネケンを頼む。パッションフルーツジュースも頼む。グラスを傾けながら、たった3時間のホーチミンを振り返る。
トランジットは待ち時間じゃない。冒険だ。そう思った。
ダナン行きの搭乗を待ちながら、おやじの運転する後ろ姿を思い出していた。

タクシーで
モーゼもびっくり
道ひらく



